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中和幹線 カーディーラー通りの誕生のエピソード

県内大手カーディーラー4社販売店舗
―行政・地元の先入観の解体の結果できた産物―

某県内最大手カーディーラー販売店店長には、悩みがありました。
「中和幹線が開通すると、今の国道は車の通行量が激減するだろう。そうなるとお客さんが減り大変なことになる。」

奈良県内では行政当局による準工業地域等でないと一定規模の工場は出来ません。
ここが問題・壁となり、中和幹線へのカーディーラーの出店が拒まれている状況だったのです。このままでは準工業地域は蚊帳の外扱いで都市計画が決定されてしまう。
限られた時間の中で、いかに行政や中和幹線沿いの地権者を説得できるかが肝でした。

お客様の方から進んで来店いただく仕組みを提案

ヒト・モノ・カネの集まる活気あるまちを創るには、10年先、20年先を見据えた土地活用がヒントとなります。それには今のヒトの動き、モノの流れなどを読み解く必要があります。
新聞の購買数の減少により折り込み広告の反響が薄れてきている昨今、とはいえインターネットでの集客にも限界があり、どうすればカーディーラーに足を運ぶ流れが作れるだろうかと私たちは考えました。
お客様から進んでお店に来ていただくには、「そこに行きさえすれば各社の車を一度に見られる」ことができる場所を提供すればいいのではないか。また、車の維持管理をする中で「ここに行けば何でもそろい、問題解決できる」サービス拠点にすればいいのではないか。
それならば、カーディーラーが軒を連ねる「カーモール」にしよう。それが実現すれば全国のどこにもない、オンリーワンの沿線が出来上がる。そう思い、早速これをカーディーラーや地権者に提案しました。

お客様からの反応は

カーディーラーも地権者様も、当社の説明提案を受けて納得されていました。インターネットの普及により人の流れが変わってきたことを実感され、「確かに郊外店の撤退などが起きているけど、若者の新聞やテレビ離れのせいだったのか。なるほど、そういえば、うちの娘夫婦も・息子夫婦も新聞を取っていない」とおっしゃいました。

問題点・苦労した点

  1. 地権者が多く、また他業者から各地権者に対するアプローチがあり、つなぎ止めることに苦慮した。
  2. 協力者間でカーモールの考え方に相違があり、意思統一ができず、地権者等を混乱させてしまった。
  3. 各カーディーラーのオープン時期が限定されており、タイトなスケジュール管理を余儀なくされた。

問題解決へ

誰かがリーダーシップを摂らなくては何も進まず、取り返しのつかない問題が起こってしまいます。
そこでドラマ創りをした当社が中心となり、総指揮をとり進めることで、問題を解決しました。

結果は…

現在では、大変多くのお客様が当地域を訪れています。
また中和幹線カーモールの東600m東には、某全国大手の中古車販売店も出店されました。

現在のカーディーラー通りの街並み

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